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函館地方裁判所 昭和54年(わ)222号 決定 1980年1月09日

被告人 高山一彦

昭二〇・三・二生 劇場従業員

主文

検察官請求証拠等関係カード番号4、7、13の各証拠を採用する。

理由

一  右各証拠の証拠能力についての検察官及び弁護人の主張は、第三回公判調書中の※2(検察官)※1・※3(各弁護人)のとおりであるからこれを引用する。

二  (証拠物押収までの経緯)

証拠により認められる、検察官請求証拠等関係カード番号4の証拠物(覚せい剤入りビニール袋二袋、以下「本件証拠物」という。)の押収までの経緯は次のとおりである。

昭和五四年一〇月一二日午前一〇時三〇分ころ、函館中央警察署に匿名の電話があり、被告人と、覚せい剤取締法違反の罪ですでに逮捕状のでている田中實とが湯の川観光ホテルに泊つており、被告人は覚せい剤約一〇〇グラムを所持している、との情報が提供された。

同署は被告人について、岩内に住む誠友会の幹部であり、函館に流れる覚せい剤の一部は被告人のところから来ているとの情報をすでに得ていた。しかし、時刻的に同人らがホテルを引き払う危惧があつたので、被告人については何らの令状もとらず、同署の山田警部補、柴田巡査部長(以下「山田」、「柴田」という。)ほか六名の警察官が、田中に対する前記逮捕状を携えて同ホテル一〇三号室の被告人らの室へ臨場した。そのとき被告人と田中は同室内で寝ていたが、山田らは、田中をまず右逮捕状で逮捕し、その場で同人の所持品の捜索を行つた。その結果、ズボンのポケツトから覚せい剤と注射器を発見したので、覚せい剤所持の現行犯としてさらに同人を逮捕した。その間約一〇分であつた。その後四名の警察官が田中を警察署へ連行し、残つた山田、柴田ほか二名の警察官が同室内と被告人に対する捜索を行つた。

同室内の捜索対象は、紙袋一個、脱いである被告人の着衣、被告人の寝ているふとん及び被告人の着ている着衣(U首シヤツ、ステテコ、腹巻)のみであつた。

山田らは、右紙袋と脱いである着衣を捜索したが、押収物は発見されなかつた。そこで次に、被告人の寝ているふとんと着ている着衣を捜索しようとしたが、被告人はふとんをかぶつてえびのように丸く横になり、両腕を腹のあたりにあてて、任意の捜索を拒否する態度を示していた。山田らは被告人の右の挙動等から、被告人が覚せい剤を隠し持つているとの疑いを強め、一〇分位任意提出を説得したが、被告人はこれに応じなかつた。

そこでついに、ふとんをはぎ、丸くうつ伏せになつている被告人の両腕あたりを二名の警察官がそれぞれ左右から持つて引き起こし、いわゆる正座に近い状態にした。そのとき柴田は、胸まで引き上げられた被告人の手から、シヤツの中の腹の辺へ何か黒いものが落ちるのを認めたので、左右からおさえられたままの被告人の背後よりシヤツの中へ手を入れ、その黒つぽいもの(小銭入れ)をつかみ出した。山田がこれを開いたところ本件証拠物と注射器が出てきたので、直ちに被告人を、覚せい剤所持の現行犯として逮捕した。

三  (所持品検査としての適法性)

右の事実に照らすと、被告人のふとんをはぐ行為まではともかく、うずくまつている被告人を左右から引き起こし、その背後よりシヤツの中に手を入れて腹のあたりにある物を取り出す行為は、明らかに被告人の着衣身体に対する強制力を伴う捜索である。

したがつて、いわゆる職務質問に伴う所持品検査の限界を越えており、警職法二条一項を根拠とする限り違法な捜索といわざるをえない。

四  (逮捕現場における第三者の捜索としての適法性)

(一)  ところで本件は、客観的には、田中の現行犯逮捕(覚せい剤所持)に伴う捜索場所に居合わせた第三者(被告人)の身体に対する強制捜索である。

右の如き強制捜索が被告人に対する令状なしに許されるのは、刑訴法二一八条、二二二条、一〇二条二項の趣旨にかんがみ、押収すべき物(田中の逮捕事実と関連しているものでなければならないことはもちろんである。)を被告人が所持していると認めるに足りる状況が、客観的に存在している場合に限られる。

この点を本件についてみると、(1)捜索の場所は、被告人名で投宿しているホテルの一室であり、被告人と田中以外には他の同室者はいなかつたこと、(2)山田ら捜査官が次のように認定したこと即ち、被告人が覚せい剤を広く取扱つている暴力団誠友会の幹部であり、田中も同様覚せい剤を取扱つている東京盛代の組員であつて、両名が東京盛代幹部の葬儀に出席後右一室に投宿していると認定したことには、相当の根拠があること、(3)田中逮捕後に被告人の捜索に着手しようとした際、被告人はふとんから外に出ず体をまるめて両手を前に組み、腹の辺りに何か隠しているが如き挙動に出ていたこと、証拠により認められる右の事実を総合すると、被告人は、田中と共謀してか、あるいは、田中との間に譲受関係のある覚せい剤を所持していると認めるに足りる状況は十分存在していたというべきである(なお、結果的に田中との関係が否定されても、右の「状況の存在」自体に影響を及ぼすものではない。)。したがつて、山田らの被告人の身体に対する捜索は、田中の現行犯逮捕に伴う捜索として適法である。

(二)  なお、証拠によれば、山田らは、警職法二条一項にいう職務質問に伴う所持品検査により本件証拠物を押収したものと考えており、田中の現行犯逮捕に伴う捜索により押収したとは考えていなかつたと認められる。しかし、捜査官が認識していた客観状況が同一である限り、根拠法令の適用を誤つたとしても、それが要件をより厳密に考えた誤りであれば、捜査官の行為の適法性に影響を及ぼすものではない(ちなみに、捜査官が認識していなかつた客観状況が事後的に加わつてはじめて適法になる場合には、その捜査は違法である。したがつて、被告人が捜索対象物である自己のズボンのポケツトから本件証拠物入りの小銭入れを抜き取つたこと(捜査官はこれを現認していない)が、事後的・客観的に捜索に対する妨害になることを根拠に、刑訴法二二二条、一一二条により本件捜索が適法であるとする検察官の主張は採用できない。)。

五  (結論)

以上の理由により、山田らが、被告人から本件証拠物を押収し被告人を逮捕した行為は、すべて適法である。したがつて主文掲記の各証拠はすべて証拠能力を有する。

なお、右の証拠のうち鑑定書(編注・主文掲記の検察官請求証拠等関係カード番号7及び13の証拠)についての弁護人の同意は、作成者に対する反対尋問権を放棄する限度での同意であるが、右認定のとおり鑑定対象物が違法収集証拠ではないと判断されたのであるから、さらに鑑定書作成者を尋問したうえ刑訴法三二一条四項により採用する等の手続を経る実質的必要性は全くないわけであり、かかる場合には右の同意を同法三二六条の同意と解して、右鑑定書を採用することができるというべきである。

よつて主文のとおり決定する。

(裁判官 石塚章夫)

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